ストレスの正体とは? 〜大人が子どもにできること1〜

目の前の子どもが間違った道をえらんでいるように見えるとき…失敗しそうな道を選んでいるとき…不安に押しつぶされているとき…。子どもにとって大切なことは? 大人がしてはいけないことは? 大人ができることは?

今回のテーマは、「ストレスの正体とは」です。

セルフドリブン・チャイルド 脳科学が教える「子どもにまかせる育て方」という本の内容の一部を、私なりに噛み砕きながら紹介いたします。

もくじ

  • ストレスの種類を知ろう
    ◎ストレスとなるもの4つ
    ◎良いストレス・有害なストレス
  • ストレスが脳にあたえる影響
    ◎ストレスを受けたとき…子どもの脳を支える4つのシステム
     1、操縦士(実行制御システム)
     2、ライオン猟師(ストレス反応システム)
     3、チアリーダー(モチベーション・システム)
     4、ブッダ(安静状態)
    ◎ストレスについて知ってほしいこと
     ・ストレスの影響を受けやすい時期は?
     ・慢性的なストレスを放置すると?
     ・コントロール感がストレス耐性を高める
     ・ストレスを認識する

ストレスの種類を知ろう

ストレスとなるもの4つ

ストレスとは何なのか?よくわからないけれど良くないもの、感じない方が良いもの、イライラしたり嫌な気持ちになるもの、心を押しつぶすもの、命を脅かす可能性があるもの。さまざまな段階や感じ方があるものだと言えますね。

人間ストレスセンターのソニア・ルピアンは、日常のなかでストレスを引き起こすものを4つあげています。

  1. 目新しさ(以前に経験したことがない状況)
    入園や入学したての子どもたちは大きな不安を抱えています。大人であっても初めての人や勝手の知らない環境に置かれた時は、大きな緊張感を覚えるはずです。
  2. 予測不能性(想像もつかないことが起こるかもしれないといった、予測できない状況)
    例えば、新型コロナウイルスが毎日ニュースになっていた頃は「感染したら…体にどのような影響があるかわからない」「ワクチンも…安全性がわからない」など、「わからない・怖い・恐ろしいことが起きているかも」というストレスに世界中が苛まれていたように思います。
  3. 自我への脅威(自分が傷ついたり批判されたり困ったりするかもしれない、人としての安全や能力に疑問が投げかけられる状況)
    大勢の前で叱られるかも…。失敗して恥をかいてしまうかも…。わからなくて馬鹿だと思われるかも…。そう言った、自分を否定されるのではないか…という環境に飛び込むときは、誰でも不安でいっぱいになるはずです。
  4. コントロール感(起きていることをコントロールできないと感じる状況)
    カゴの中のラットに電流を流し、回し車を回せば電流が止まるような「自分でストレスをコントロールできる」装置がある場合と、電流を止める手段がない「自分でストレスをコントロールできない」場合を比べた有名な実験があります。その後、電流を流されない環境に戻っても、回し車を取り外されたたラットの体はストレスでボロボロになってしまったというのです。このように「嫌なことが起きても、自分の力で回避する方法がない」という心理におちいると、人や動物は大きなストレスをかかえてしまうのです。

では、ストレスから子どもたちを守り続けることが大人の役割なのでしょうか?それは、NOです。

不安から守られづつける環境にあると、子どもの不安はますます強くなってしまいます。子どもたちは、ストレスを乗り越えることで、ストレスに免疫ができて、うまく対処できるようになるのです。

良いストレス・有害なストレス

しかし、ストレスには「乗りこえられるもの」と「押しつぶされてしまいかねないもの」があります。

例えば、幼稚園や保育園では、親御さんとのお別れが悲しくて多くの子どもたちが登園時に大泣きしていますね。しかし、2〜3週間経ったころには「バイバーイ」と笑顔でお別れできるようになります。これは、目新しく予測できない状況から受けたストレスを「子ども自身が乗りこえて、新しい環境は怖くないと知った」実例の一つと言えます。

「子どもの発育に関する全国科学評議会」によると、子どものストレスは3つに分類されています。

  1. 適度なストレス
    例えば、子どもが一生懸命練習をして、劇の舞台に上がったり、スポーツの大会に出るといったものなど。神経が高ぶり「興奮・緊張・期待」という形でストレスを感じているが、緊張が大きすぎなければストレスは子どものパフォーマンスを高めてくれます。
  2. 許容可能なストレス
    比較的短い期間の受けるストレス。例えば、両親が離婚寸前で言い争っていたり友達と喧嘩するなど「子どもが回復するまでに時間が必要となるような状況」に置かれている時です。大人が思いやりを持って話し合うというようなサポートが必要となります。
  3. 有害なストレス
    暴行を目撃したり、トラウマとなるような体験をした。子どもが対処できないような状況に遭遇しても、救済してくれる人が無く終わりも見えない、といった過酷なストレスです。

ストレスの大きさについて、生まれたてのラットを母親から引きはなすという実験を2週間くり返した有名な研究があります。

1日15分引きはなした後に母親のもとに戻され毛づくろいをしてもらったラットは、成獣並みにストレスに強いラットになりました。一方、同じ条件下で1日3時間引きはなされたラットはストレスに容易に押しつぶされるラットになってしまったのです。1日3時間という長さは、生まれたてのラットにとって有害で大きすぎるストレスだったのでしょう。

ストレスが脳にあたえる影響

ストレスを受けたとき…子どもの脳を支える4つのシステム

ストレスを受け続けた子どもが自信を失って自分の殻に閉じこもってしまった…。そんなときに現れる行動は「性格」によるものと考えがちですが、実は 脳内で起こっている「化学作用」よるものなのです。実は、脳の4つのシステムが、健全な「コントロール感」を発達させ維持してくれるというのです。

では、4つのシステムとはどのようなものなのでしょうか?

1、操縦士(実行制御システム)

「実行制御システム」は脳の前頭前野がひき受けており、計画したり・秩序正しく行動したり・衝動をおさえるといった、「冷静に考える」ような作業をおこなっています。

  • 完全に落ち着いていて自分をコントロールできているとき
    前頭前野では、ドーバーミンやノルエピネフリンといった神経伝達物質が「ちょうどいい」組み合わせで存在する状態になっています。
  • 試験前など軽度のストレスを受けているとき
    前頭前野では、神経伝達物質のレベルが高められてます。その結果、思考が明瞭になり集中力を研ぎ澄ましてくれるのです。
  • 睡眠不足や過度のストレスがあるとき
    前頭前野では、神経伝達物質を過剰に生成し前頭前野の機能をオフラインにしてしまいます。オフラインになると、脳は学習したり、はっきり考えることができなくなり、衝動的な行動や愚かな決定をしてしまいがちになるのです。

2、ライオン猟師(ストレス反応システム)

ストレス反応システムは、突然ライオンが目の前に現れた…などの「重大な危機に直面した」ときや、「命や心を脅かされるかもしれないと想像した」ときに優勢になります。このシステムは、脳の扁桃体、視床下部、海馬、下垂体と、腎臓の上にある副腎という臓器がかかわっています。

では、ストレスを受けた時に、脳や体はどの様に反応するのでしょうか?

  • 扁桃体で感じて反応する
    扁桃体では、「恐怖」「怒り」「不安」などを感じとっています。そして、強いストレスにさらされると、扁桃体が脳の支配権を握ってしまうのです。扁桃体の影響が強くなると、人の行動は防御的、反射的で、柔軟性に欠け、攻撃的になることもあります。
    何でもないことに過剰に反応して怒りだす(立ち向かう)・何もやりたがらず自分の世界にこもる(逃げる)・緊張する場所に行くと表情や体がこわばってしまう(フリーズする)といった反応も、扁桃体の過活動によるものなのです。
  • 視床下部→下垂体にシグナルを送り、副腎がストレスホルモン出す
    扁桃体が脅威を感じると、視床下部と下垂体にシグナルが送られます。そして、副腎を活性化させ、「アドレナリン」というストレスホルモンが分泌されます。健全なストレス反応は、一時的にアドレナリンが増えても、脅威が過ぎ去ると急速に減少し、心身は回復へと向かって行きます。
  • ストレスホルモンが海馬を傷つける
    ストレスが長引くと、副腎は「コルチゾール」というストレスホルモンを分泌します。コルチゾール値が高くなると、数日、数週間、ときには数ヶ月間も値が高いままとなり、問題をひきおこします。そう、記憶にかかわる「海馬」の細胞を傷つけ死滅させてしまうのです。
  • 海馬の役割
    海馬には「記憶」の他に、「ストレス反応を止める」という役割もあります。「〇〇さんとは気が合わなかったけれど、学校には優しい友達もいたよね!」など、以前の記憶を公平に取りだして、バランスの取れた見方を与えてくれる役割もあるのです。
  • 慢性的なストレスが新たなストレスを生みだす
    慢性的なストレスは、扁桃体を肥大させてしまいます。扁桃体が肥大すると、何でもないことにも過剰に反応して、「恐怖」「怒り」「不安」に弱くなります。ストレスに飲み込まれた人は、日常生活のちょっとした脅威に対しても、ライオンの檻に放り込まれたかのように脳と体が戦うように反応してしまうのです。
    そのような状況にある人に、「冷静に考えよう」「客観的に対処しよう」と言った『思考を働かせる』類のアドバイスしても、脳や体の瞬間的な反射によるものなので、アドバイスを実行できないのです。

3、チアリーダー(モチベーション・システム)

モチベーション・システムは、脳から放たれる神経伝達物質「ドーパミン」の値とかかわっています。ドーパミンは、試合で勝つ、金を稼ぐ、満足の行く経験をするなど、良いこと・嬉しいこと・刺激的なことがありそうな時に上昇します。ドーパミン値が低いと、積極的に何かをする気になれず、モチベーションが失われてしまいます。反対に、ドーパミンが最適な状態になると「フロー」を体験します。このように、ドーパミンはやる気を出す鍵と言えるのです。

4、ブッダ(安静状態)

人が、ボーッと座っているとき・眠る前に横になっているとき・のんびり散歩しているとき・テレビやスマホから離れているときなど「一つのタスクに集中していない」ときに、脳内は「デフォルト・モード・ネットワーク」という神経回路が活発になります。

このネットワークは、人の脳がエネルギッシュに働き、情報を整理し、複雑な考えを処理し、大局観を与え、創造的に生きるうえで不可欠なものです。そして、ストレスはデフォルト・モード・ネットワークの力を損ねてしまいます。

そして、スマホやタブレットで時間を埋めつづけている今の子どもたちは、「ボーッとしている時間=デフォルト・モード・ネットワークを活性させる時間」が失われているのではないか…と危惧されているのです。

ストレスについて知ってほしいこと

ストレスの影響を受けやすい時期は?

ストレスが脳に与える影響が強い時期は、出生前と幼年期。そして、思春期(おおよそ12歳位〜18歳位)と言われています。

判断の中枢となる前頭前野は、思春期から25歳まで大きく成長します。この時期にストレス反応システムがONになりすぎると、前頭前野は正常に発達できなくなってしまいますが、この時期の若者は小さな子どもよりもストレスに弱いことがわかっています。

この時期の若者は、おびえた表情の写真を見ただけで扁桃体は大きく反応し、大きくストレスを受けたあとの脳の回復力も遅いという結果も出ているのです。

慢性的なストレスを放置すると?

慢性的にストレス感じていると「自分は何もできない」という気持ちになり、できることであっても挑戦しなくなってしまいます。そして、睡眠不足や過食、先延ばし、自暴自棄につながり、脳内の化学物質の値を低下させ、うつ病へと悪化して行きます。また、一度でもうつ病を経験した子どもは、その後の人生でも仕事や人間関係に問題をかかえやすくなり、人生を楽しむことが難しくなってしまうのです。

また、子どもの大きな疲れやストレスを放置し続けると、もとは大らかな性格であっても、その性格は損なわれてしまいます。

コントロール感がストレス耐性を高める

では、ストレスは感じない方が良いのか?「いいえ」…ストレスが無いと、子どもは返ってストレスに弱くなってしまいます。「ドキドキしたけど、自分の力できた!」「自分で選んだこと、考たことをやり遂げた!」という経験は自己コントロール感を育むうえで大切なものであり、このコントロール感は子どものストレス耐性を高めてくれるからです。

  • 意図的に、またはうっかりと子どもがストレスから成長できる機会を奪っていないでしょうか?
  • もっと、子どもが自立して選択肢を与えられる(自分で考え選べる)環境はないでしょうか?
  • 今、子どもにできることは何か?書き出してみましょう。
  • 今は決めていなくても、今後子どもが決めたいと思っていることは?子どもに聞いてみましょう。

大きな不安をかかえている子どもには、「私がいるから大丈夫だよ!」と伝えてください。ただ、子どもが乗り越えられることを大人が代わりに対処したり不安を取り除きすぎないこと、「子どもの力(ストレスに対処できる力)を信じている」と伝えることも大切です。

ストレスを認識する

ご自身が体験したストレス体験はありませんか?「今日、たくさんの人の前でプレゼンしたんだよ。ドキドキしすぎて声が震えちゃった!」「あまり仲良くない人たちとランチしたけど、何を喋って良いかわからなくて少し嫌だったな〜!」など、子どもに話してから、「最近ストレスに感じたことはあった?」と子どもに聞いてみてはいかがでしょうか?

自分がどのようなストレスを受けているかを認識することは、ストレスの影響を少なくするステップのひとつです。

ストレスを「何だかよくわからない不安」から「前に体験したドキドキさんだな…」と、知っているものとして認識して飼い慣らしていくのです。


【参考資料】
セルフドリブン・チャイルド 脳科学が教える「子どもにまかせる育て方」
臨床神経心理学者のウィリアム・スティクスラッドと、個人指導塾「プレップ・マターズ」創設者のネッド・ジョンソンが、科学的根拠をもとに子どもの育て方において大切なことを紹介してくれている本です。